晤郎さんのピンポイント返信

☆日高晤郎ショー手紙の常連さんが見たもの

晤郎さんと手紙を通じて会話させていただいた日々。
番組に手紙を出して、たまに自分のが選ばれて読まれたりする。
でも実はそれより大切なことは、晤郎ショー内で「読まれるか読まれないか」ではない。

いやこれは、あくまでも私の基準なのだが、大切なことはこうだと思うのだ。
「会話が出来たか出来なかったか」
万年筆と便箋

会話というのはこの場合、直接的なお喋りを指すのではない。
番組で読まれなくても、晤郎さんが自分の投函した手紙の内容に対して番組内のコメントとかで返事を下さったかどうか、を指す。

私の場合、完全に晤郎ショーに対して手紙を出していたのではなく、日高晤郎さん個人に対して書いていた。
だから色んな意見も相談も書いた。
そこで少しズルいテクニックなのだが、今回しか使わないであろう文章表現や漢字や熟語をいずれか毎回織り交ぜていた。
万年筆と便箋

例えば、「すべて」という表現がある。
それを漢字にすると、普通は「全て」なのだけれど、そこを敢えて(もちろん文意に応じて)「凡て」と書いたり「総て」を選んだり。
これはなかなか使わないが「都て」という使い方もある。
これらはすべて、意味が微妙に違う。
ところが晤郎さんは、こういう表現でさえ完璧に受け止めて下すって、きっちり晤郎さんの考えを返して下さる。

番組内の普通のお喋りの中で、私がその週の手紙で使用した漢字の説明を軽めに行い、その前後に私が書いた手紙への、晤郎さんの考えを短く挿入される。
これが何回も続くと、こちらも段々分かってくる。
あ!今、返事して下すった。と。
これが私の長年の、晤郎さんとの会話術。

そして驚異なのは、そのピンポイントの返信のはずが、番組全体の流れからみると聴取者、、、つまりお客様全員に向けた見事な会話として成立してることだった。
万年筆と便箋

またこういうことを書くと、「それはもしかして、思い込みではないでしょうか?」などとメッセージを頂いたりするんでしょうが、事実そうだったんだから仕方ない。
でもこの会話は、私流の晤郎さんとの会話。
それ以外にも、型があるというこれまた驚異。

晤郎さんに手紙を書き続けていた手紙の常連さんで、私と懇意にお話してくだすっていた皆さんのお話を伺うと、それぞれのパターンが有ったと分かる。
異口同音に「今日のあの部分、私の手紙に対する晤郎さんからのアドバイスだった~」とか「あの例え話は、どうも唐突で、でもよく考えると私の手紙の内容に対する答えとして考えるならピタッとはまるなぁ」
ある方には完全に名前を出してピンポイント返信されていたっけ。

こういう感じで、日高晤郎ショーというのは実に奥行きがあったラジオ番組だった。
だから手紙を書き続ける方の多くが、晤郎さん独特の「返信」をキャッチする能力に優れていたのだと思う。
これが分かったら、番組内で読まれたかどうかなんてどうでもよいこと。
晤郎さんに対してこうした手紙を書くという喜びと充足感を識ったら、そこで手紙の常連さんがまたひとり生まれることになる。
良く笑えた日は佳い一日だ

(だから一層その後番組で「良く笑えた日は 佳い一日だ」という晤郎さんの言葉を勝手に改ざんし、「いい一日だ」と放送され続けたのには、おいおい「佳い」の意味も分からんのかよと私は眩暈が止まらなかった次第。)
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