周波数調整の大切さ②
☆最近嬉しかったこと
以前に大変仲良くしていただいてた方が居ました。
本当に親身になって私の心配をしていただいたり、気遣って下すったり。
私も心底信頼していたのですが、人は分からないものです。
ひょんな事から互いの言葉が悪い方にすれ違い、その方は私から距離を置くようになってしまったのです。
決定的に仲が悪いというわけではなく、当たり障りのない会話に終始するようになっていった、という感じです。
私も、切ないなと思うことはありましたが、あの時の私の言葉はその人を思っての言葉、後悔はありませんでした。
7年間、そういう状態。
やがて先方はどうやら北海道を離れて本州あたりに引っ越しもされたようで。
互いに、かつて信頼していた人となり、とくに深く関わることはもう一生無いはずでした。
ところが先月です。
その方から、申し訳なさそうに私の得意分野についての質問というか疑問というか、そういう問い合わせのメールが来たんですね。
なので、私でもお役に立てるならと、懸命にお答えさせていただいたんです。
そうしたら、札幌まで用事があるという。
道外の方です。札幌に行く用事があるので、その時会えませんかという事で。
そりゃもう断る理由もないですが、もしかしたらすごく気まずい感じなのか、はたまた喧嘩する気ならどう考えても私が引く事例でもないわけで。
平日でしたが、私も休みを取って札幌駅で出迎えました。
なんとなく、やはり互いに気まずい。
そこから喫茶店に移り、なんとなく互いの近況とこれからの日々のことを話す内に、8年前の二人に自然となっていったんです。
これは嬉しかったですね。
互いにあの決裂の時の話をすることもなく、あの時あんなに否定された私の考えを、実はその方、ご自身に取り入れて頑張ってらっしゃる。
私は私で、あの時言われたことをもうすっかり消化しきってる。
私の方がかなり頑固で、この話においては、いったん口に出したことは絶対に曲げない。
その方はあれからの幾つかの人生の分岐点で、あの決裂の日を振り返っていたようなんです。
互いに謝るでもなく、喫茶店を数件はしごして約7時間半。
語り合いました。
それから札幌駅で見送りしました。
実は北海道には、私に会いに来ただけだとその時分かり、列車を見送った後、涙があふれたのは自分でも意外でした。
☆生きた言葉と死んだ言葉
つまみを回して、金属板の重なる面積を変えることで特定の周波数と同調してラジオ放送が聞こえるという、あれ。
私達も持っているんですね、バリアブルコンデンサー(バリコン)。
そこを調整しつつ、相手の話を心に取り入れてるんだと思います。
日高晤郎ショーだって、ダイアルを札幌では1440に合わせないと、いくら晤郎さんが発信しても、こちらは聞くことなんてできないわけです。
受信側が発信側の周波数にバリコンを合わせることで初めて音声に変換される。
私も7年ぶりに友達との絆が復活したわけですが、互いの受信側としてもバリコン調整にずいぶん時間がかかったのだなぁとしみじみ思っています。
それから大事なのは、送信側。
今回思ったのは送信側の軸です。
ラジオ放送に例えると分かりやすいんですが、放送の周波数を変えてはいけませんよね。
自分がどう考えても間違っていないと思う場合は、送信側の周波数を絶対に変えてはいけません。
仮に相手がすぐに受け取れなくても、相手がようやくバリコンを合わせた時に送信側の周波数が変わっていては、な~んだ、と、なる。
日常の軽い会話なら、どんどん周波数も変えて構いませんよ、でないと生きづらい。
この場合は、本当に大事な場面での会話のことです。
本当に大事な人には、その人がどうにも後悔することになるかもしれない選択をしようというときには、たとえ嫌われてもいいから「それは違う」と言える人でありたいと思います。
そうやって突っ張って生きて、私には後悔はないなどと言いつつなんだか上手く収まると駅のホームで泣いたりするんですから、私は根は軟弱なんでしょうけど。
どうせなら死んだ言葉より、なるべく生命力にあふれた、相手に届く言葉を使い続けたいと改めて思った札幌駅での再会でした。


