極めて抽象的な話
☆日高晤郎さんの言葉
昨夜、久々に晤郎さんファンのとある方からメッセージを頂きました。
スタジオでお会いしたことも二度ほどある方でして。
仮にAさんという事にしておきましょう。
そのAさん。
なんと、遠方に住む方なのに、私のこのブログを知って読んで下さっているという。
広いようで狭い日本、なんて言葉が頭をよぎりました。

極めて個人的なAさんの話です。
詳細は避けます。
しかし詳細は避けつつも、忘備録としてこの話を伺った翌日の今日、どうしてもここで綴っておきたいという強い衝動に駆られている朝です。
13年前になるそうです。
13年前のその日。
スタジオにようやく顔を出せたAさんに、晤郎さんは大喜び。
放送の合間に、Aさんが事前に手紙でお願いしていた記念のサイン色紙を渡して下すったそうで。
その折に、晤郎さんはこう仰ったそうです。

「Aさん、いつか必ずあなたなりの正しい道に出会う。
ただ、慌てず焦らず、人に認められなくても腐らず、自分に愚直に向き合う事です。
正解を急がない事です。
あなたは、大器晩成の人ですから。」
Aさんはその言葉がその時は、眩しすぎたと仰っていました。
聴けばAさん、とある職人さんだったのですね。
(※晤郎さんファン同士は、例えスタジオでお会いしても私生活のなどの詮索はしないために、その方の経歴や職業を知らないという事はよくある事です。)
そこからのAさんは、晤郎さんのその時の言葉に向き合うには、自分の今が恥ずかしいと感じておられたようで。
2018年、晤郎さんが旅立たれたのを一週間遅れで知った時、哀しいやら悔しいやら申し訳ないやらで涙が止まらなかったそうです。
Aさんにそういうドラマがあったとは露知らず、このブログに昨夜「覚えてますか、Aです。」という文章で始まる長文メッセージを頂いた時は本当に本当に驚きました。
と同時に、私も嬉しかった。
Aさんの長年の苦難の道が、急に拓けたのはなんと今月上旬。
思い返すと全て、晤郎さんの13年前の言葉通りの展開。
Aさんは昨夜の私とのメッセージの往還の最後に、こう仰っていました。
「晤郎さんは私が見えていない私の何かを見ておられて、それを、あなたは大器晩成の人という言葉に込めて下さったとしか思えないんですよね。」
日高晤郎ショーの表面だけではなく、芯の部分に惹かれるファンの多くは、同意して下さるはずです。
日高晤郎さんは洞察力も、本当に凄かった。
一人で黙々と、この13年間、日高晤郎さんの言葉を大切に胸のうちで温めていたAさんの姿勢。
やはり、日高晤郎さんも、そして晤郎さんファンも、素晴しいです。
あ~今日は気分が良い。
予定にはなかったけれど、なんとかやりくりして晤郎さんの墓前で手を合わせて来ます。
なんだ、また来たの?
先日来たばかりなのに。
そう、あの笑顔で言われそうですが、これはどうしても直接お伝えしたい出来事でしたので。
Aさんの代理として、とりあえずお伝えしてきます。
そんな朝です。
あ~なんだか私まで胸いっぱい。
今日は極めて抽象的な話ですが、ご容赦くださいませ。
(ご本人の意向もあり、ブログ記事にできる範囲はここまでと私の中でさせて頂きました。)
