晤郎さんが結びなおしてくださったご縁③
☆父の存在
60年生きて来て、実の父にこれまでは全く興味をもっていませんでした。
ただ一度だけ、もう20年前ぐらいでしょうか?
私の前に不意に現れたことがあったんです。
初めて見るその顔。
当然最初は誰だかわかりませんし、仕事関係の人でどこかで取引のあった方かなと思ってました。
名刺を出されて、すぐに察しました。
父の名前は、高校入学の時に確認した書類で知ってましたから。
母と私を捨てた人の登場。
邪魔でしかなく、どうも言葉も私の方が達者でしたね。
私は父に、付け入る隙も与えないかなり攻撃的な言葉を連ねて、私があなたを父と知ってますという事も一切悟らせずに断ち切りました。
父は相当悔しく、恥ずかしかったはずです。
人を傷つけた痛みを、私はその時全く感じていませんでした。
☆今になって知ったこと
父はその後、もう二度と私の前に現れることはありませんでした。
私もすっかり忘れていました。
でも、4日前。
人生の終盤をのんびりと過ごす母に、電話で昔のことをあれこれ聞いてました。
88歳と60歳。
どんな過去だってもうすべてが笑い話です。
流れで、父の話になりました。
どれだけ根性なしの無責任男だったのか知りたくて、あれこれ質問を重ねるうち、どうも雲行きが変わってきたんです。
根性なしの無責任で、ストーカーみたいにしつこい男。
、、、ではありませんでした。
母の感情フィルターを外すと、互いの誠実さが行き違いしてただけ、と私には思えたんです。
さらに、20数年前。
父は母に電話をかけ、私を案じてくれていたと。
当時、私と母の間には他人行儀な付き合いしかありませんでしたし、それを飛び越して父が私に近づくすべはありませんでしたから。
☆人生の最後に手渡しておきたいこと
あの日。
私の前に突然現れた父。
何の前触れもなく、なんともへたくそな意思表示。
これじゃ母との生活も上手く行くはずもない、そんな人。
ただ、息子の今を案じて、矢も楯もたまらず会いに来た不器用な人。
私はそんな人を、冷静に計算して一番傷つくような態度と言葉で、二度と目の前に現れることが無いように恥をかかせたんです。
母との電話を終えた後、けっこう辛くて。
本気で辛かったです。
生きていれば、もう90歳ぐらいでしょうか。
生きていれば、人生の最後に心残りを消してあげたい。
マイナンバーカードを最大限に利用しました。
一刻の猶予も無いはずです。
翌日午前中には、母も知らない父の現住所が判明。
現在、生存確認中です。
もし存命なら、向こうにご家族もいらっしゃるでしょうから、父と私にしか分からない言葉で、一通の手紙を出すつもりです。
それで多分、全てが報われるはずです。
そしてまた、手紙が似合う。
だってこれも結局は、晤郎さんが結びなおしてくださったご縁なのですから。

