木村善幸さん 無観客トライアル公演 リポート Part4
< 木村善幸さん 無観客トライアル公演 リポート Part3より続く。
☆小休止
14時25分辺りから17時40分辺りまで。
舞台設営とリハーサルを見学させていただいた。
本番はまだなのに、コンサート2回分くらいの音や情報を浴び続けていたように思う。
当然それだけでも、魂は高揚する。
木村さんの音の世界には、実はそんな力が宿っていると思うのだ。
いや、これは結構本気の話。
17時40分辺りから18時30分まで小休止。
己の内側の、張り詰めた緊張を解きほぐすために外へ。
通り雨があったようだ。
歩道は濡れていた。
玄関を出て振り返る。
日高晤郎さん最後の舞台となった札幌市教育文化会館。
今、COVID-19との戦いの一つの形として、無観客トライアル公演を形にした木村善幸さん。
夕暮れ。
教育文化会館の灯り。
街の灯り。
行き交う車のヘッドライトとテールランプの交差。
シグナルの三色。
空の群青。
此処からほど近いSTVホールでのウィークエンドバラエティ日高晤郎ショーホール公開。
そこのゲストでみえていて、その時初めて触れた木村善幸さんの津軽三味線と和太鼓の世界。
過ぎ去った時間にも思いを馳せた。
あの日もこうして、教育文化会館の玄関を振り返ったっけ。
不思議なご縁。
晤郎さんがこうしてお亡くなりになって、それでも晤郎さんがつないでくださったご縁がこうして生き続けている。
損得の関係ではない縁の形。
その形が心地よい。
不思議だなぁ、と改めて思う。
あの日、晤郎さんの前でガチガチに緊張されていた若武者が、こうして今、日本のみならず、ドイツにも軸足を置いて活躍されてる。
またその両国から必要とされている。
憎むべきはCOVID-19、つまりあの新型コロナと呼ばれてる奴だ。
それさえ無ければこの日、木村善幸さんとお弟子さんの数名はドイツで活動されているはずだった。
COVID-19に負けるものか、その意気込みが今回の無観客トライアル公演「世去れ節」には込められているのだ。
そう、負けてはならぬ。
負ければ、文化は衰退し、芸術も退廃していく。
もう一度、文化会館の玄関の灯りを見た。
静かに過去を重ねる。
泊りで聴きに行った増毛のオーベルジュでの公演。
晤郎さんがこっそり観客席にいらっしゃったKitaraでのコンサート。
渡辺淳一文学館。
スタジオ庵。
餓鬼先生との第一ホテル。
豊平館、ふきのとうホール。
どれも確実に印象に残っているし、折々の木村さんの進化も目の当たりにしてきた。
しかし今回の無観客トライアル公演って、まだリハーサルの段階だぞ。
これでとは違う何だこの感覚、、、自分でも良い意味でどこか混乱していた。
「凄いなぁ」
そんな単純な言葉以外に出てこなかった。
先ほどまで見せて頂いたリハーサルも舞台設営も、それまでのどれとも違っていた。
また、これまでのどの場面ともつながっていた。
参った。
心地良い感じで打ちのめされている。
また口に出てしまう。
「凄いなぁ」
18時10分、小ホールに戻る。
15分辺りか、お弟子さんたちであろうか、会場客席が少し埋まっていった。
18時30分から、いよいよ無観客トライアル公演「世去れ節」が始まる。
いよいよだ。
その開始まで、私は一人調息の時間に充てた。
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