日本の文化はいつまで持つのでしょうか?
☆今朝テレビを見ての独り言
本当にもう、そんなにテレビを見なくなって久しい。
見ても天気予報ぐらいか。
そんな話を昨日知人にしたら「テレビぐらい見たら?」と言われた。
おやおやそれはどういう意味かね?と思った、、、果ては電気代でもケチってると思われたか、、ううむ。
それで今朝、STVテレビのどさんこワイド朝、、でしたっけ、30分ぐらい見てみた。
そうしたら、世の中に「ハラスメント」が幾つあるか?なんてクイズだったかな、ちょうど画面に映し出された。
そういえば一部の人に、日高晤郎さんもパワハラだのセクハラだの陰で言われておりましたが。
覚えておいででしょうか。
世に、セクシャルハラスメントという言葉が広まり始めた時に、それを晤郎さんが逆手にとってギャグにしてました。
今ではもう異性を不意に見ただけでもセクハラだという、、、もう本当にそう言うところまで言葉狩りみたいになってきております。
いや待て。
今では性も多様性というので、もういっそ、人を見たらハラスメントか。
誰か明確に、私に説明してほしい。
そうしてハラスメントという言葉が増加しているのは、これが儲かるからでしょうか?
いずれ出てくるかも、生ハラ。
生きてるだけでハラスメント、とかね。
そうそう、テレビでやってたのはオトハラなんて、やってましたね。
音をうるさく立てる人は、音ハラスメントなのだそうで。
もう言葉としてもおかしいと私などは思うのです。
まず「○○ハラ」と縮めて言う事を前提に言葉を編むので、オトハラなんて分かったような分からないような言葉になるのだろうなと思います。
では臭いのは、クサハラかというと、こちらはスメハラらしいのです。
スメルハラスメント、、、音ハラならクサハラで良いじゃないかと思うのですが、もう言葉の法則も日本語の美しさもへったくれもあったもんじゃないなぁと思ったので、やっぱりこれ以上見ると私は今以上にバカになると思い30分でテレビを消したわけでして。
ハラスメント、、、。
私の感覚では、意味が本当に分かってない人ほど、カタカナ英語を使って分かった気になってるのが多いと、ま、これは私の経験上はそう思うのです。
正しいかどうかは分かりませんが、私はそう感じるのです。
もちろん、ハラスメントと呼ばれるものの中には、もうこれは絶対に良くないというのもあるのは分かります。
しかしそこまで行くと、犯罪と表現すればよいだけなのではないでしょうか?
だから私にはどうにも、近年のこのハラスメントの大氾濫が良く分からない。
ここまで来ると誰だって何かのハラスメントに抵触するのだろうなと。
やはり行き着く先は、生ハラですかね???
その結果、やがてその内。
ハラスメントの嵐に飲み込まれて、のっぺりとした、個性のない、おだやかで、無感情で、超楽天的で、腐りやすい繊細な食べ物の様な、そんな日本人ばかりになって行くのだろうな、なんて個人的には思うのです。
そしてこれからも日高晤郎さんが愛されたような、日本語の美しさは段々と影を薄めていき、、、。
日本の暦に読み込まれた日本文化の基本である稲作文化は、失政続きで国民のコメ離れを招き、、、。
晤郎さんが音声ガイドをされた平山郁夫展でのバーミヤンの大石仏爆破を私個人はイメージしてしまう、最近立て続けに起こっている日本の寺社仏閣の焼失もあり、、、。
あとは、特定の犯罪の目に余る不起訴率の高さなどなど。
私の愛する日本文化は、あとどれぐらい持つのかなと最近本気で思うようになりました。
ああ本当に本当に、日高晤郎さんがご存命であったらなぁ、、、
ああ、30分もテレビを見たらこういう事を書いてしまうのでこれからもテレビ視聴は主に天気予報だけにしとこうと思った木曜日です。
以上、私のとりとめもない独り言でありました。
あ、最後に、まだテレビが健全だった時代の一言。
「責任者、出てこい!」(by 人生幸朗さん・生恵幸子さん)
