日高晤郎ショー・みとせの流行り歌1993年 その1

< 日高晤郎ショー・みとせの流行り歌1991年 その2より続く
※私の録音に1992年の分が見当たりません。後日見つかったらまたそこで書き起こしします。

今から20年前の1993年です。
ここに入ってきました、平成五年。
私にとっても、思い出深い年ではあります。
森本ちゃんからヨシダに替わりました、ディレクターが。
ヨシダは剣道三段。
面白いんですけどね、スポーツの年なんですよ、この年。

まず三月に福岡ドームが完成した、まず野球ですわね。
それから、、、やっぱこれかなぁ、、、、。
大相撲で曙が外国人力士として初めて横綱になったという。

ま、ハッキ言って国技ってことを言うと、良いのかこれでって。
これでどっか調子がおかしくなりゃしないかって、案の定今なってますよね。
なんかもう駄々打ちになっちゃってるでしょ。
こうなってきて、ああ若貴で終わったのかなぁっていう。

その若貴でさえ、若乃花と貴乃花が戦ったって言うのは、つまりもう興行でしたよ。
う~ん八百長って厳しい言葉はあえて使わないけど興行になっちゃったら八百長があって当たり前なんですよ。
八百長で迷惑かけるって博打の場で金が飛び交いすることなんだ。
相撲は実は飛び交いしませんから。

そりゃ賭けてる奴はいるかもしれないよ。
でも相撲に賭けてる奴なんてハッキリ言って頭よろしくないです。
だって興行なんだもん。
つまりあれは誰にも迷惑かけてないのね、変な話だけど。

まぁだから今メールだのなんだのとバレちゃったけれども、そんなものは昔から八百長相撲なんてものはあったものでね。
変な話でね、堂々と胸を張れば良いんですよ。

だって外国人が入っちゃったから話はおかしいんですよ。
つまり国技って言って、国技館って名前つけてるのに作り方を間違って相撲協会の連中が皆、じゃあ頭良いかって言ったら残念ながらああんあああんんんん、、、、(スタジオ笑)
これ以上言ったって仕方ねぇや馬鹿野郎どもには。

で。
五月に。
この時初めて、平成五年だと思ってなかったでしょ、私も思ってなかったなぁ。
日本プロサッカーのJリーグが開幕なんです。
これ、平成になってからなんですね。
で、当初10チームが優勝を争って、優勝はベルディ川崎。
この時に三浦ですよ、で、カズダンスだとか言ってるけど何やってんのあれ?
リズム感の悪いダンスでね、当時憧れたんだろうなぁ、どうも俺はピンとこねぇなぁ。

だけどそのちょっと育成を誤ったかなぁ。
この年なんです、日本代表対イラク代表いわゆるロスタイムに負けて失点しちゃってワールドカップを逃したって言うドーハの悲劇。
覚えてますよこれ。
網走湖の真ん前にあったホテルに泊まって、その時網走湖の講演の仕事で茅野(晤郎さんのマネージャー)と二人でこれ夜中まで観てました、ビール飲みながら。
最後にああやっぱり負けたね、そうだな出来たばかりだもんな無理だよなっていう。
それでもロスタイムに失点だからマシな方じゃない?
いや、やっぱり駄目だろうって。
その後二人で何位もしゃべらず無言坂香西かおり(スタジオ笑)


無言坂 香西かおり

この年のこの無言坂はレコード大賞は受けています。
確かに今聴いても個性を非常に強くした歌い方で、本人もま、今活躍中ではありますけれども。
良い歌ではありますよ。

この年はね、今色んな事で叩かれてる状態なのか何なのか(高齢者への巨額詐欺事件、通称「円天事件」)、ご本人の事もありますからね。
ご本人が罪がないかと問われればそこも問題だろうと。

< 日高晤郎ショー・みとせの流行り歌1993年 その2へと続く

< コントロールタワー:みとせの流行り歌はこちらからどうぞ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください