2017年、晤郎さんの病状説明
☆終わりの三ヶ月と少し前~2017年12月16日
その日の放送冒頭は、スタジオ満席で、私一人が廊下で,
入り待ち組。
8時25分あたり。
日高晤郎さんが、ご自分の病状を図で示しながら説明された。
笑いをたくさん混ぜながら。
この前日に病院で検査した晤郎さん。
ご自分の体を襲った変化などを語り始めました。
当時はもう、ポッドキャストなどでスタジオの様子がカメラに映されてインターネット上で流されていましたので、ご覧になった方も多いでしょう。
私は一人で贅沢に、廊下に設置されたスタジオカメラの映像を見ながら、廊下の天井スピーカーから流れる晤郎さんの声を耳にその時間を過ごしていました。
この紙に書かれた文字は「玉袋」
☆やって来たディレクターさん
すると森本ディレクターがやって来て、一緒にモニターを観ながら、昨日の病院での様子を副音声みたいに晤郎さんの話を邪魔しないように、添え続けてくださいました。
左からスマホを構えてらっしゃるのが、森本ディレクター。
当時こうして色んな様子を撮影して、Instagramかな、晤郎ショーの様子を発信して下さってましたよね。
珍しい景色だったので、許可を得て、そのお仕事風景をスタッフ目線で撮影させてもらったのも良い思い出です。
ディレクターと一般客の二人きりの風景。
妙ですよね。
しかし、段々と晤郎さんのお話が、、、。
晤郎さんが明るく楽しくお話されているので、スタジオ内では笑いが起こっていましたが、私には笑い飛ばせませんでした。
かなり大変な様子だったからです。
☆廊下で聴く晤郎さんの話
廊下に居りますと、なんというか、冷静になれます。
この紙に書かれた文字は「コーフン時」
晤郎さんの体に起こった異変は、そう小さな出来事でもなく、本来なら安静が必要で、加療や経過観察なども必要なはず、、、なのに、、、。
こうしてユーモラスな晤郎さんの絵の影響もあって、面白おかしく伝わってしまうけれども。
静かな廊下で、横の森本ディレクターが語る昨日の裏話を加えると、正直言って私は怖さが先に立ちました。
これは、本来なら、楽しむ事を優先させなければならない晤郎さんファンとしては失格かもしれませんね。
でも、この時の私には、怖さがじわじわと皮膚から浸み込んできていたのです。
☆自分だけが見た風景
この日こうして自分だけが一般客として、たった一人、特殊な場面から特殊な環境で聴いたこの場面。
自分だけが見た角度の話と映像。
この場で皆さんにお伝えしておこうと考えました。
一つの晤郎さんの分岐点でもありますから、自分だけの思い出にしておきたくはないと思ったからです。
記事にしたからどうのこうのは無いのですが、ああ、あの時のスタジオは満席で、廊下での入り待ち待ち客は一人だったんだ。
そこにディレクターが来て、解説してくれたんだ。
そんな程度の話かもしれませんが、この静かな廊下で明るく語られる晤郎さんの病状が怖かった事。
どなたかに伝わればいいなという気持ちです。
この三ヶ月後ですもの、本当の日高晤郎ショーとのお別れが、、、。
今でも、、、あのお別れが、どうにも信じられない気持ちがあります。
受け入れ切れていないのでしょうね。
ちなみに、この紙に書かれた文字は「大きくなったな!」でした。
☆日高晤郎ショー最後のアシスタント
そして晤郎さんがこの話をされた四時間後。
スタジオに、日高晤郎ショー公式最後のアシスタントである東李苑さんがいらっしゃいました。
本当に聡明で機転が利いて反応も早い。
凄い方です。
この東李苑さんも、晤郎さんが旅立たれた3日後の2018年4月6日から、FMノースウェブにて、ご自身のラジオ番組「おしゃべりしフォンケーキ」が始まり、現在も放送中。
李苑ちゃんの声はラジオ向きでもあるねと仰っていた晤郎さんも、空の上から喜んでらっしゃると思います。

ちなみに李苑さん。
2023年8月にめでたく御結婚。
そして昨年12月には、アイドルのセカンドキャリアをサポートする会社を設立と、現在も精力的に活動されてます。
☆最後に
私事ですが、、、。
晤郎さんが旅立たれた一年半後に立ち上げたこのサイト、晤郎さんへの手紙も、ブログの連続投稿が今日で999日目となりました。
一日に何投稿かした日もありましたので、連続999記事ではありません。
連続投稿日が999日です。
ようやく、ここまで来ました。
何とか無事に、私なりの晤郎さん供養の千日連続投稿も完了しそう、、かな。
ようやく、道半ばに達したと思っていいですよね、晤郎さん。
という事で、ゴールデンウィーク最終日、5月6日晤郎の日の投稿はここまで。
また明日っ!!
