服部克久さん

☆作曲家・編曲家の服部克久さんご逝去

2020年6月11日午前8時42分。
作・編曲家の服部克久さんがお亡くなりになりました。
私がさだまさしファンになったのは、九州にまだ居たころ。
晤郎さんファンになる7年前。
お二人の共通点は、「日本語の美しさ」。
そこに私は惹かれたんです。

服部克久さんを強く意識したのは、さだのアルバム「印象派」(1980年10月)
その収録曲で、ひとつの恋の終わりをその周囲の三人の男女が語る、という「検察側の証人」には衝撃を受けたものです。

この「印象派」のプロデューサーを務めた服部克久さんにも、軽い衝撃を受けたんですよ。

印象派収録現場に警察無線を持ち込んだ服部さん。
好奇心旺盛なさだまさしが、それに気を取られないわけがない。
作業がなかなか進まなかったと、当時ファンクラブ会報かなにかで読んだ記憶があります。
その事を楽しそうに語るお二人に、驚くやら笑えるやら。
そしてその前後、発表する歌ごとにマスコミなどからの強烈なバッシングを受け続けていたさだまさし。
彼を、本物なんだと力強く擁護し続けたのも、服部克久さんだったのです。
もう、40年前の思い出となりましたけど。

☆ミュージックフェア 服部克久さん追悼

ミュージックフェアを観てました。
服部克久さん追悼の特別編成版です。
服部克久さん追悼

もちろん、親交のあったさだまさしさんも出てました。
と、同時に美空ひばりさんの歌う「マイウェイ」も掛かったんですよ。
歌詞は日本語でしたけれど。

服部克久さんが構成した美空ひばりさんのマイウェイ、沁みました。
同時に、日高晤郎さんも重なりました。
美空ひばりさん マイウェイ
言葉も、歌も、それを大切に思う連鎖を感じられた土曜日夕方。
昨日の、阿久悠さんに連ねて、服部克久さんにも思いを馳せた週末となっています。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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