能面の考察~007ノー・タイム・トゥ・ダイ

☆晤郎さんと語らうように

良い映画はやはり良い。
鑑賞後の余韻が凄まじい。
晤郎さんがご覧になりたかったであろう一本なら尚更の事。

一回目はIMAXで。
二回目は通常上映で。
そしてまた三回目に行こうとしてる私。

観る度の発見がある。
だから回を重ねる。

頭の中で、胸の中で、ノー・タイム・トゥ・ダイについて晤郎さんと語らうように幾度も味わっている。
そんな中の今日のテーマは、能面。

え~とここからはいわゆるネタバレも含みますので、ご注意をば。

☆能面について

007ノー・タイム・トゥ・ダイの監督は、キャリー・フクナガさん。
こちらではない。
福永アナウンサー
フクナガさんは実際半年ほど札幌で暮らしていたらしい。
そのせいなのか、作品ではサフィン(ボンドの敵)に日本的な嗜好を感じられるのは周知の事実。

私は冒頭の能面のシーンがとても印象に残っていて、何故能面をかけているのか、あれこれ考え続けていた。

能面の種類は幾つかあるのですが、サフィンがかけていたのは女面。
それも目鼻が中央に寄り気味の小面(こおもて)に近いです。
小面の意味する処は、若い女性の美しさ。
※下の写真はサフィン能面レプリカ
007 サフィン 能面

そしてもう一面。
能で面をかける演者は、この世ならざる者であることが多い。
もしかするとあの場面は、若くして命を絶たれた母の無念を背負うサフィンの覚悟を表していたのではないか、そう考えています。
※能面に関する参照は、日本芸術文化振興会HP

☆サフィンとマドレーヌ

冒頭の場面。
冬の森の家。
サフィンは、殺人を犯す自分に無表情の仮面(ペルソナ、心理学でいう対外的な役割の人格)をかけ、家族の復讐という舞台の演者を全うしようとしていたのではないか。

そして復讐の一部を遂げた直後に幼いマドレーヌの銃弾を受け、その仮面の一部を打ち砕かれたサフィンは、おそらく家族を殺された時に負ったのであろうケロイドのある顔面を晒す事になった。
たぶんですが、Mrホワイトはサフィンの家族に火をかけて殺害したのだと推察されます。
なのでサフィンのかける女面には、本来有るはずの髪と眉がサッパリと無い。
無いと言うより焼け落ちたのかも、、、そう考えると美しく哀しく怒りに震えながらも穏やかな仮面に見えてきます。
※通常の小面(金沢能楽美術館所蔵)
能面 小面
※サフィンの能面
007 サフィン 能面

さてその後、逃げる幼いマドレーヌは氷の張った湖に転落。
一部素顔を晒す事になったサフィンは結局、マドレーヌを救います。
ここも暗示的です。
火で顔面にケロイドを負ったサフィンが、氷と水の中のマドレーヌを救う。
火による怒りを水と氷が中和した表現とも言えます。
日本的思考をするであろうフクナガさんなら、こういったスターウォーズ的描写もするのではないかと思いました。

この頃のサフィンは、家族を殺されその復讐に生きるまだどこか純粋さを残した青年だったのでしょう。
能面も紅以外は彩色されておらず、また服装も、背景も白(ホワイト)だったというのも暗示的ではありますよね。
家の壁面だけは火の色、橙でしたけど。

「作品最後の要塞で、マドレーヌにああも執着するサフィンの心の転換点は、映画冒頭にこうもはっきり描かれてるんですね晤郎さん!」
そんな感じで毎晩金滴をちびちびやりながら会話を積み重ねてたら、あらま、三回目の映画鑑賞に行きたくなったという次第です。
ノー・タイム・トゥ・ダイのパンフレット
※常体敬体混合文、誠に失礼いたしました。

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