日高晤郎さんの案内芸~その①
☆平山郁夫展:音声ガイドを書き起こした日
かつて日高晤郎さんは一度だけ、案内芸(あないげい)に取り組まれたことがあります。
2016年に道立近代美術館で開催された「平山郁夫 悠久のシルクロード」。
ここの音声ガイドを録音という形で収録されていました。
晤郎さんのこの案内芸に触れられるのは、この開催期間中だけ。
なので私は二度、訪ねています。
一度目は、晤郎さんの音声ガイドを聴きながらの鑑賞。
そして二度目は開館から閉館まで、たまに鑑賞しつつも、ずっと晤郎さんの案内芸の全ての文字起こし。
本当にあの時は、周りの喧騒もあったし、苦労しました。
書き起こしの集中力が寸断されたのを覚えております。
この音声ガイド書き起こしをしたのが、2016年2月28日日曜日。
日高晤郎さん72歳の誕生日でありました。
☆日高晤郎案内芸№18
今回ここに記すのは、その書き起こした音声ガイドの一部です。
音声ガイドには1番から20番までの作品紹介がありましたが、今日ご紹介するのは作品番号18番。
もうほぼ終盤です。
では、参ります、あの日へ。
日高晤郎音声案内作品18番より
2001年3月。
アフガニスタンの武装勢力タリバンによって、バーミヤンの大石仏が破壊されました。
かねてより
この動きを阻止するために
国連を通じてタリバンにメッセージを発していた平山は
爆破の報道を知り急遽
バーミアン大石仏を偲ぶ、を、制作し、春の院展に出品しました。
平山はかつて、1968年の夏。
ミチコ夫人と共に初めてシルクロードを旅し、バーミアン渓谷も訪れ、大石仏の入念なスケッチも行っています。
それ故、バーミアンは平山にとって懐かしい思い出の地であり、
この仏像に対する思い入れには、格別のものがありました。
2003年に発表されたもう一つの作品。
破壊されたバーミアン大石仏は、破壊後に、ユネスコの調査団として現地を訪問した際のスケッチを基に制作されています。
破壊前と後の大石仏を対にして描いた、この二つの作品は、平山郁夫の、文化財保護に対する熱い思いを込めた二部作となっています。
※改行、句読点は、音声ガイドの語りの間に従って、なるべく忠実に書き起こしました。
話の速度は、日高晤郎ショーと比較して平均して3割。
かなりゆっくりで、文字間の区切りが明確です。
この18番だけで1分29秒と記録しています。
☆異文化、異教徒の怖さ
昨日、タリバン幹部が笹川平和財団の招きで来日という記事を書きました。
< 日高晤郎さんとタリバンpart2
日本の常識がそのまま世界中の常識だとの錯覚が、この日本には根付いているんですよね。
これが怖い。
バーミアンの大石仏は、タリバンにとって異教徒の偶像だから悪とされ、破壊されました。
タリバンにとって、日本の寺社仏閣やその他の独特の文化は、異教徒であり異文化なのです。
テレビ新聞ラジオなどはこういった情報を発信しませんが、この晤郎さんの案内芸から何か伝われば幸いです。