日高晤郎ショー・みとせの流行り歌1988年 その2
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☆日高晤郎ショーの1コーナー「みとせの流行り歌」六回目の記録
1988年の出来事
東京ドームが完成したのもこの年です、1988年。
かたや、ダイエーが南海ホークスを買ったって言うのも、買収したのもこの年ですよ。
ん~だから結構ね1988年昭和63年って、あるんですねだってソウルオリンピックも開幕ですから。
鈴木大地ってのが、あのバタフライねぇ。
今は鈴木さんの新党大地っての方が大変ですから。
ええ。
まぁどっちが大地って言ったらウチの娘が大地って言ってましたけれども。
その頃流行ってたのが光ゲンジですよ、パラダイス銀河。
かたやこれが流行ってローラースケートで走っている間、アカデミー賞はレインマンですよ、ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ。
四半世紀前からトム・クルーズは、だからずっとスターでいるもの凄いですよね。
兄弟役はとっても良かった。
それとやっぱりダスティン・ホフマンの上手さね。
今や好々爺になって監督やってますがね。
時の流れの四半世紀ってえのがやはりそういう意味では凄味はありますわな。
流行語大賞
それから流行語大賞。
この時にはありましたけど。
この時にあのNHKの武田信玄、覚えてますか?
最後、今宵はここまでに。
、、、。あんまり記憶にないか。
コマーシャルで覚えてますか?
五時から男。
私はその頃土曜日札幌で、五時まで男って(スタジオ笑)。
でその頃のアシスタントは誤字だらけ女って呼ばれてたんです。
醤油顔ソース顔もこの年なんですって。
で、醤油顔ってのはアッサリしたってこと?
ソースは濃いの?
俺は、どっちなの?
「しょうゆ~??」(アシスタント石川晴江さん 談)
醤油でもソースでも無いの?
でもお好み焼き好きだからな。
でも眉が無いからなウスター顔か、バカヤロウ。(スタジオ笑)
じゃあソースじゃねぇか。
ガキの頃のように
あと、今年のディナーショーに歌わせてもらっていいかな?って本人に。
やっぱりとてもいい歌なんでね、で、色々考えました。
何度も何度も訊きました。
だけれども、ディナーショー全ての曲の中でどこに入れたらいいかなってバランスが分からなかった。
で、ついに考えあぐねて、今年は外しました。
外したけれども、彼が作った曲の中でも感慨深いものがあるなぁと。
彼自身もそう言ってましたよね。
彼がホールで歌ってくれている横で聴いていて、歌いたいなぁと思った曲がこの年の歌です。
ガキの頃のように。
1988年の流行歌
実はね、島倉千代子人生いろいろは、レコード大賞の最優秀歌唱賞を取ってる。
これは島倉さんが抑えて抑えてサラッと歌ってるから。
で、光ゲンジのパラダイス銀河はその年のレコード大賞なんですよ。
う~ん、ふざけんなって話ですがね。
で、その時に新人賞獲った最優秀は、男闘呼組です。
ええ。
だいぶレコード会社もガタが来てるなと。
何よりも堀内孝雄さんにとってはこの年は思い出深いと思いますよ。
初めて単独で紅白歌合戦に出た年でしたから。
それぞれの、やはり25年前か。
それぞれの想いがまさに、人生いろいろですよね。
で色々なヒット曲が生まれましたが、私は好きなんですが。
五木さんの港の五番町。
まぁどちらかと言えば港の五番町は今の夜明けのブルースや次の曲につながる要素があるし。
チョーヨンピルの思い出迷子ってのもそう。
この時から韓国の人は釜山港だとかね、ああいう歌を引っ張って来てた。
長渕剛の乾杯がこの年です。
それで私のディナーショーが始まったのもこの年の前後ですから。
最後はこの乾杯をよく歌っていました。
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